過ぎゆく夏の雑談会

て、なんやねん!
あくまでも自己評価ですがw、頑張った7月、8月です。
雑談会と題して、お送りしたいと思います。
お時間がない方はスルーしてもらって、大丈夫です。

8月最終日、と言っても我が家は下の子は家におらず、上の子は大学生。
夏休みも何も実感のないまま、8月の最終日を迎えていますが
もう9月になるのかー・・・とひと月が瞬く間に
過ぎていくことだけは、実感しています。

みなさんは、この夏どうでしたか。
今年は、コロナ第7波がある中、行動制限のなかった夏休みでした。
旅行に出られた方も、多くいたかと思います。
お盆の新幹線の乗車率が、100%を超えた日もありましたね。

私は、お盆に九州の祖母に会いに行く予定にしていたのですが
祖母の体調が思わしくなく、病院に入ってしまえば面会もできず、と
結局、帰省することができませんでした。

九州の祖母には、もう3年は会っていません。
コロナと上の子が大学受験で帰っておらず、そのままです。
大正15年生まれの私の母方の祖母は、今年97歳。
祖父が亡くなってから、ずっとひとりで生活していましたが
会わないここ3年で、足腰が弱ったようです。耳も遠くなったのかな。
でも、年齢を考えれば、それはそうだと思います。
さすがにひとりで暮らすには、危ないのか・・
自宅で転んだことで、腕を骨折し、頭も検査すると
脳梗塞のあとが見つかり、その血液の塊が小脳を圧迫。
それで自宅で転んでしまっていた、ことがわかりました。
血の塊を取り除き、回復して一旦は退院。

後日、自宅で倒れていたところをヘルパーさんが見つけて
病院に搬送、発熱と、肺炎も併発。
そこから、歩けなくなったものの病気は回復してきたため、施設へと移りました。
本人は、帰りたい一心だったようです。
リハビリも頑張って、歩けるようになり、肺炎も完治。
97歳で!すごいなー、と正直思いました。
8月末に自宅へ帰れるかも、と報告を受けていたので、9月最初に
帰ろうと段取りしていたのですが・・・

施設は帰っていい、との判断でしたが
その前に入院していた病院は
この年齢でひとりで暮らすには危ない、と自宅へ帰ることを
どうやら反対しているようですね。
8月末の今日には、どうなるか決まるようですが・・
病院に入ったり、施設に入ってしまえば、また面会はできません。

祖母がいつまで生きてくれるのか、はわからない。
ですが、歳をとれば、ひとりで暮らす、ことも病院の許可がいるのかな。
どう生きたいか、を選ぶことができなくなるんだね。
誰か一緒に暮らしてくれる人がいれば、帰れるということです。

まま近くには、私の弟や、いとこたち、叔母もいるにはいますが
一緒に暮らすことはできない、でしょう。
私も近くにいれば、何かしらの力にはなれただろうに、と思います。
祖母の願いを何とか叶えてあげたい、と親族一同思っていても
なかなか思うようにはいかない、のが現状です。

私は幼いころから、祖母の愛情を受け育ってきました。
高校を卒業して、九州から関西へと出て行き、社会人となり
バレーボールで苦しかった時もずっと、祖母は私の一番の応援者であり
私の支えでした。

バレーを引退してそのまま
九州には帰らず、こちらへと残ってしまいましたが
結婚したのは、いつかくるであろう祖母との別れの時
ひとりで乗り越えることができないかも、の不安もあったから、です。
それくらい、祖母の存在は私には大きかった。

どうなるかな。
今週末には大型台風も接近しそうだし、新幹線が動くのか・・
近くて遠い、九州です。
ひとめでいいから、会いたいな


おばあちゃんから、たくさんのことを学んだよ
いつも一生けん命、仕事を頑張っていたこと

たくさんの人との関わりの中で、人は生きていること
いろんな人が、世の中にはいること

90歳を超えても、折り紙の先生で展示会もしていたこと
料理はそこそこで、掃除も手抜きでもいいこと

ありがとう
愛情いっぱいに育ててくれて
ありがとう
いつも守ってくれて
私は、自分にとっての幸せは何か、がわかるし
いつも笑うことができています。
ぜんぶ、おばあちゃんのおかげです。

会いたいな
会えるといいなー

そして、ありがとうを伝えたい

とうとう最後まで!
読んでいただきありがとうございましたw



コメント

タイトルとURLをコピーしました